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Posted by 京つう運営事務局 at

2007年10月13日

栄西上人と建仁寺

日本に茶の文化を伝え、都周辺には、茶畑が出来ていった。
「建仁寺」は、煎茶茶道の伝統を、受け継ぐ。
1202年(建仁2年)に栄西上人によって建立されたこのお寺は、臨済宗建仁寺の総本山として、禅宗京都五山第3位に位置づけられている。
今日、私たちは、普通にお茶を飲んでいる。『茶道』とは、無縁の人間でも。
元をただせが、体にもいい薬とみなされていたのだろうが、お茶が日常飲めるようになる為には、当たり前の事だが、かなりの茶畑が作られ、製法なども確立されなければならない。
 ご承知の通り、中国には、計り知れないほどのお茶の技法と種類がある。岩の上にあって、常に警備員に守られている幻のお茶もある。
 ただ、茶畑を作って育てました。と簡単に言えることではない。
この時代に京都近郊でお茶が栽培されるようになって、後に茶道が生まれるわけだが、「建仁寺」は、煎茶の流派にとって、特別の存在である。  


Posted by AKIYUKI KOYAMA at 00:42Comments(0)心美道の都 達智の章 第8章

2007年10月09日

茶を飲む

茶が中国から伝わり、京都で作られるようになったが、内裏の北東の角には、茶園も作られた。
最初は薬用で、煎茶の文化、そして抹茶の文化。
誰もが知る日本におけるお茶の歴史は、やがて禅と交わり、茶道の道が開けていく。
華道・香道と共に。芸術の一言でも表現できない美意識と精神性。
私は、この都で花開いた世界を、芸事という表現でも表せない、限りなく宗教に近い心の修行の要素を強く持った世界を、私なりに『心美道』と表現している。
演劇や音楽が、縁者の内面から周囲の人に直接伝わっていくのに対して、心美同は、人の内面に深く染み込んでいく世界だと思う。  


Posted by AKIYUKI KOYAMA at 21:39Comments(0)心美道の都 達智の章 第8章